園長だより H30年7月

 

またまたアップが遅くなってしまいました(というよりは忘れていました・・・)。申し訳ございません。もうじきのびのびつうしん8月号が出ますが、7月号の園長だよりです。お読みいただければ嬉しく思います。

 

 

付加価値

 

日100円ショップに買い物に行きました。私はどの店舗という訳ではなく、100円ショップを訪れる度に圧倒されるとも感動するとも表現しきれない思いに駆られます。

 

それはたぶん、100円というコイン1枚でこんなにも沢山の生活に必要な物が買えるのかという驚きと、少ない「おこづかい」を持った幼い娘たちとここに来たかったなという思いがあるからなのでしょう。

 

「バトンクラブを作ったからね。あなたが指導しなさい」と母(前園長)に言われ、指導を始めたのは大学1年の時でした。毎年の運動会と学芸会を発表の場にして、文字通り試行錯誤しながら指導を続けてきました。

 

長い期間、ある意味で同一の条件(私、六歳になる子どもたち、一斉型の指導等)で指導を行ってくると見えてくるものがあります。

 

その年(時代)の子どもたちの様子、クラスや学年としての状況、一人ひとりの特性と課題、親御様のお子様への関わり方の違いやその影響等です。

 

子どもたちと私とで作るバトンクラブの一年は、どの時とも違います。それを解るようにしてくれたのは「時間」の持っている付加価値なのかもしれません。

 

とても嬉しい出来事がありました。さすがに36年ともなると、これまでにも2代目さん(親子で在園される方)と生活をする喜びをいただいてきました。今年は更に、お母様がバトンクラブに入っていたお子さんが2名いて、そのおふたりとも「お母さんのバトン」を使ってくれているのです。

 

初回の指導を終えた時、そのおひと方が私の元に来て「先生、うちの子のバトン短いですか?私が使っていた物なので。短いようでしたら買い替えます」とおっしゃいました。私はバトンの長さについて説明をし、是非このバトンを使って欲しいとお話ししました。

 

翌週、Mちゃんは私にバトンを見せながら「先生、見て。このバトンお母さんのなの。だから、K.Mって名前が書いてあるよ」と嬉しそうに教えてくれました。

 

ある時もうひと方のお母様に「K君のバトンはお母様の物なのですね」と話し掛けますと「うちの母は何でも取っておくので」と謙遜するようにお答え下さいました。思わず「ご自分が使っていたバトンをお子様に使わせるお母様も、それを取っておいて下さったおばあさまも本当にすてきです。すごいです」とお話ししました。

 

00円である程度の必要な物を買える時代を私たちは生きています。けれど、そうした物への対価だけで人は育っていくものではないように思います。与える人と与えられた人の思い。そして、その人だけの物に関わる思い出。

 

そういえば…この前この100円ショップに来たのは、留学するための生活用品をバタバタと次女と買いに来た時だったっけ…と思い出しました。付加価値は人の思いとともにあるようです。

 

園長 浅見 美智子

園長だより | 20:26 | comments(0)

園長だより H30年5月

 

少しアップが遅くなってしまい申し訳ありません。5月の園長だよりを掲載いたします。今回は・・・

 

子どもたちが創る、子どもたちと創る

 

葉の緑が日一日と色濃さを増し、園庭では子どもたちの歓声に負けるなとばかりに鯉のぼりが元気に泳いでいます。

 

最初の連休を明けた子どもたちはどんなかしらと耳を澄ましていました。思いのほか泣き声は少なく、新入園の子どもたちも、進級した子どもたちも、少しずつ少しずつ新しいクラスに慣れ、第二の生活の場としての幼稚園で自分を表現してくれています。

 

み重ねてきた生活の中で確かに育ってきているものがあります。それは、約束やきまりといった型にはめ込まれるものでも、幼稚園という枠に収まることでもない、自分と友だちと先生で創る心地よい空間、居場所づくり。一人一人を結び付けていくのは、「思いやり」と「好き」の気持ちだけ。同じ場所で過ごし、同じ時を歩むことでクラスや集団が創られていくことを感じます。

 

昼食時に園庭に響き渡る大きな泣き声が聞こえてきました。最初は「のどが渇いたあ」「水道のお水じゃ嫌だあ」でした。そして「おうちで食べるからいい」「おうち」「おうち」「おうち」に変わり、泣き声が止んでいきました。

 

今日は年少さんにとり最初の給食の日、そして平常保育開始の日ですものね。小さな体で一所懸命に新しい物事に慣れようと頑張っています。

 

一途に、必死に、精一杯の自己主張をしながら自分の存在を伝えてくれる子どもたち。子どもっていいな、すてきだなと思います。

 

とあることを思い出しました。当時は年少組の担任をしていた私に届けられたお母様からのあゆみの一文です。

 

「入園した頃にあんなに泣いていたUも、今では休みの日でさえも『幼稚園に行く!』と言うほど幼稚園が大好きになりました。入園式の日に『いっぱい泣いてもいいからね』と言ってくださった先生の言葉が嬉しかったのでしょうね。『泣いてもいいって言ってた』と涙を浮かべてバスに乗り込んだ日がなつかしく思い出されます」

 

お母様からのご返事をいただいてから、子どもたちとの生活の中で「泣かないで」「大丈夫よ」「これこれ、イタズラしないのよ」etc.といった制止や禁止の言葉が口をついて出てしまいそうになった時に、私は「あれ?」って思うようになりました。

 

「泣かないよ・・・ママがいればね」「私は大丈夫なんかじゃないんだよ」「チョット試してみただけだよ」と子どもたちの心の声が聞こえてきます。

 

子どもたちの精一杯の自己主張をありがたく、ありのままに受け止め、生活の場を創っていきたいと思います。

 

園長 浅見 美智子

園長だより | 12:45 | comments(0)

園長だより H30年4月

ご入園おめでとうございます

 

つもより早く春が訪れて、坂戸幼稚園の園庭はまさに春爛漫。みずみずしい桜の木々の新緑と、八重桜のあでやかな桃色、そして例年は5月に開花して甘い香りを運んでくれる藤の花も加わって、色彩豊かに入園式を迎えることとなりました。

 

本日、保護者様と坂戸幼稚園の門をくぐられた82名の新入園のお子様方のなんと愛らしいことでしょう。あどけない仕草や表情の上に育ちゆく未来の姿を重ねながら、子どもらしく、自分らしく、地に足を着けて、ゆっくりと豊かにご成長して欲しいと願いました。

 

沢山の友だち、沢山の出来事、沢山の楽しさを見つけて下さいね。いっぱい泣いて、いっぱい笑って、いっぱい遊んで、自分らしく大きくなって下さいね。

 

大好きな保護者様とご一緒だから安心して期待に胸を膨らませているお子様も、明日からは一人で“始めの一歩”を踏み出します。不安や戸惑いがあるかもしれません。

 

けれども大丈夫です。一人ひとり園生活に慣れていくまでの時間は違いますが、必ず自分の力で楽しさと喜びの扉を開いていきます。信じて待ってあげて下さいね。

 

うした中で、お子様が一日も早く安定した気持ちを作っていくためのポイントが3つあります。

 

ひとつ目は「きっかけ作り」です。どのような内容でもいいのです。例えば「Aちゃんの隣の席のお友だちの名前を聞いてきてママに教えてね」や「このタンポポのお花を先生にプレゼントしてね」等とお子様が園に行く目的になるような言葉を掛けてあげて下さい。

 

ふたつ目は、「あれこれ尋ねないこと」です。保護者様には見えない園生活でのご様子はとても気になるかとは思いますが、「今日はどうだったの?」「お友だちと遊べたの?」「何したの?」と矢継ぎ早に尋ねられるとお子様はやっぱり苦しくなってしまいます。楽しさや嬉しい出来事が増すにつれて、お子様はご自分からお話をしてくれるようになります。待ってあげて下さいね。

 

最後は「お母様の強い心」です。お子様のご様子にお母様も心が揺れて一緒に泣きたくなってしまってもグッと我慢ですよ。お母様の不安や心配はやはりお子様に伝わってしまいます。笑顔いっぱいに「行ってらっしゃい!」「お帰りなさい!」と言葉を届けてあげて下さいね。

 

ご進級おめでとうございます

 

香る晴天に恵まれて始まった在園組の新年度。登園してきてくれた子どもたちを園庭と玄関で出迎えました。一人ひとりの表情は様々で、「おーっ、遊べるぞ」と嬉しさいっぱいの子もいれば、胸の鼓動が聞こえそうなほど緊張した面持ちの子、涙をホロリとこぼしながらの子もいました。「あぁ、みんな大きくなるために頑張っているのね」と胸がキュンとなりました。

 

そうした子どもたちですが、園舎に到着するやいなや「あれ、どこどこ?」「えっ、どうするの?」と自分の心配や緊張にばかり構っていられなくなるのです。だって、靴を入れる下足箱の場所探しから始まるのですもの。「私のマーク何だったかな?」「梅組の場所ってここかな?」「お部屋、2階でいいんだよね?」そうです。新しいことがいーっぱい待っているからです。

 

もちろん沢山の言葉を掛けますし、時にはその場所をじっと見つめながら「園長先生、もう見つけちゃったぁ」とヒントを出しつつ、できるだけ子ども自身が探し出したり動き出せるようにと心掛けていきます。

 

「もうできるよね」とか「やりなさい」ではなく、何かを自分ですることで心配も不安も和らぎ、新しい生活に飛び込んでいく勇気や自信が湧いてくるのを知っているからです。

 

新しい自分のクラスの扉をくぐれば、担任の先生が「A君、おはよう」「来てくれて嬉しい」と満面の笑顔で出迎えてくれます。園服にピカピカの名札を付けてもらって、「よろしくね」とご挨拶。そして次はまたまた園服を掛けるフックや自分の席の場所探しが始まります。

 

始業式に集まった子どもたちに「新しいお友だちを沢山作ってね。やってみたいこと、好きなことをいっぱい見つけてね」とお話ししました。「すいれんA組さん」「ハーイ!」「梅組さん」「ハーイ!」と自分の新しいクラスを呼ばれた時の表情は自信で満ちていました。そして、練習した新入園児さんへプレゼントする「勇気100%」の歌声は清らかにホール中に響き渡り、私の胸は「あぁ、みんな大きくなったのだな」と感動で震えました。

 

坂戸幼稚園の子どもたちと保護者様の幸せを一番に願い、子どもが子どもらしく育つために、保護者様と共に歩ませていただきたいと思います。今年度もご支援とご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

 

園長 浅見 美智子

園長だより | 14:52 | comments(2)

園長だより H30年2月【園長だより】

 

遅くなってしまいましたが園長だより2月号を掲載いたします。

 

年頭に寄せて

とした空気と澄んだ青空、そして雪。まさに冬本番の中で羽根つきやこま回し等のお正月遊びと凧あげやおもちつきの冬の行事を楽しみながら過ごしてきました。3学期を迎えて早1ヶ月、大変遅い年頭のご挨拶になりましたが、本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 

子どもたちにも保育者にもとても短く感じられる学期ですが、信頼し合える仲間とゆったりとした雰囲気の中で生活し、自分の好きなことや興味のある事柄にじっくりと取り組んでいける学期です。友だちとの関わりを深め、刺激を受け合いながら進学や進級に向けての期待感とともにひとりひとりが新しい目標を持ち過ごしていけるよう応援してまいります。

 

戸幼稚園は今年創立70周年を迎えます。終戦4年後に開園した坂戸幼稚園には何物にも代えがたい宝物があります。それは創立者浅見友治の考案で残されていった昭和26年(第3期卒業生)からの「卒業記念画」です。

 

今年3月にご卒業される年長組の子どもたちを含む6,558名ものご卒業生が園に残してくれた貴重な絵画の展示を70周年を機に、3度目の絵画展として行いたいと思います。

 

先日絵画を預けている倉庫の引越しがあり、絵画の状態を確認するために、本当に久しぶりに実物の絵に触れました。日頃、写真やビデオ等の加工やデジタル化された物の中で生活しているためか、実物が醸し出すものに息を飲みました。

 

様々な時代に描かれた一枚の絵には、クレヨンや紙質の違い、描かれている内容や風景(例えばアポロ11号の月面着陸のあった年には多くの子どもたちがその様子を描いています)の違い、描く絵の線や色の塗り方も含めた「絵を描く」ことへの想いの違い等、様々なものが現れています。

 

それは単に「時代」という言葉だけで括ってはならない「同じ六歳の子ども」と「幼児教育者であること」を私自身に突きつけるものでもありました。時間をかけて残してくれた一枚一枚の絵と丁寧に向き合いながら、坂戸幼稚園の70周年の歴史と共に生活させていただいた方々と、子どもたちの未来について真摯に「考える」一年にしていこうと思いました。

 

来年度に行われる創立70周年記念絵画展をどうぞ皆様も楽しみにお待ち下さい。

 

昔のあそび

稚園の先生という仕事はありがたいもので、おそらくは他のどの職種よりも、一年や季節、季節の行事に触れながら生活をさせてもらえます。園庭で遊ぶ子どもたちの様子や光景を見ている時に、時折ふわりと思い浮かぶことも多いのですが、先日「卒業記念画」に触れたこともあり、私自身が入職した頃のことを考えていました。

 

三十数年の歳月の中で、意図せず消えていったものや失われてしまったもの、変わってきたものがあります。

 

例えば、当時よく歌われていた唱歌もそうですし、あそびの形もそうです。「この時期、あるいはこの学年の時にこんなことして遊んでたよね」と思い出し、最近あまり行われなくなった「あそび」が幾つかあることに気付きました。

 

「あぶくたった」「ムックリくまさん」「ガスボンベ」「ハンカチ落とし」「缶蹴り」などです。どれも大きくは鬼ごっこに括られる集団遊びです。そういえば…と以前読んだ本の中に書いてあったなと大慌てで探したところ、やはり興味深いことが書いてありました。以下、文章を抜粋したいと思います。

 

「気の毒な話ですが、今の子どもたちは、生まれてから育っていく過程でどんどん感受性が鈍感になるような環境に置かれています」

 

「人間としてバランスのよい身体感受性を育てるためには、いろいろな方法があります。子どもの遊びはその一つです。たとえば『ハンカチ落とし』という遊びがあります。(中略)それでも勘のよい子は、ハンカチが地面に落ちる前に、自分の後ろに「鬼」がハンカチを落としたことを察知します。いったいこの子は何を感知したのでしょう。それは「鬼」の心に浮かんだ「邪念」です。(中略)勘のよい子どもは、自分の後ろで

ハンカチを落とした瞬間の「鬼」の緊張がもたらすこの微弱な身体信号を敏感に感知することができます」

 

「『かくれんぼ』というのは、おそらく起源的には狩猟のための感覚訓練であったとぼくは思います。見えないところに、見つからないように隠れているものが発信する微弱な恐怖と期待の身体信号、(中略)『鬼ごっこ』にせよ『缶蹴り』にせよ、その種の遊びで子どもに要求されるのは、単に足が速いとか、高い所に上がれるというような単純な身体運用能力ではなく、それよりむしろ、「気配を察知する」総合的な身体感受性で

あっただろうと思います。しかし、そういう種類の身体信号を受信する能力を開発する身体感受性の訓練技法は、今の社会では組織的に失われてしまいました」

 

「(前略)トップアスリートは、単に反射神経がいいとか、筋肉や骨格の性能がよいだけではなく、『スキャンする』能力が高い。中村俊輔や中田英寿は、ほとんど『背中に目がある』ような身体感覚を持っていますし、イチローは相手のピッチャーの微妙な体の使い方から、ボールがどこでリリースされるか、どういう回転をして、どのゾーンに来るかを瞬間的に判断して、そこに向かってバットコントロールしていますし、(中

略)すぐれたアスリートは『起きた出来事』に反応しているのではなく、『起きる気配』にすでに反応して、コンマ何秒の間にそういう微調整ができるように身体を訓練しているのです」

 

みながら「ふうん」と幾つも思い当たる節があることを意識します。昔のあそびの中には「教育効果」といったものでは語れない、人の育ちにおいて大切なものが隠されているのだなと感じます。子どものあそびがいかに大切か、あそびを守り育てることがいかに大切かを考えています。

 

園長 浅見 美智子

 

園長だより | 09:53 | comments(0)

園長だより H30年1月

素敵な2学期をありがとうございました

月からの4ヶ月間、季節も夏の名残りある頃から秋、そして冬へと移り変わり、本日2学期が終了します。季節の変化に乗るようにして、沢山の行事も行われてきました。子どもたちは次の行事を指折り数えて楽しみにしながら、私たち保育者はひとつひとつの行事に向けての日々に子どもたちへの育ちの願いを織り込みながら過ごしてきました。

 

一昨日行われたクリスマス会でも「えっ、こんな表現をするようになったのね」「わっ、こんなことも出来るようになったのね」と、沢山の嬉しい驚きがありました。一年に一度、毎年繰り返される行事だからこそ、以前との違いがクローズアップされます。「あっ、えっ、わっ」と思うことのひとつひとつが、その子の成長の証なのでしょう。

 

特に年長組が保護者様にご覧いただくために学年で取り組んできた「クリスマスストーリー」では「発表をする」という場面だけを切り取っても、成長の形を見る思いがしました。多くの子どもたちが「自分の役割を意識」し、「自信を持って表現」していましたね。まるで先生が絵本を読むときのような情緒あふれる声音を聞いた時には胸がドキドキしてしまいました。同時に小学校へと歩む足音を聞いたようで、ちょっぴり寂しくなってしまいました。勝手ですね。

 

学期の行事の折々で、また日々の生活の中で感じる子どもの「成長」には様々な側面がありました。「成長」という言葉からは厚い上着を一枚ずつ脱いで、軽やかに心を解放させていくイメージがありますが、実はそれだけではありません。

 

例えば・・・友だちとケンカするようになったことも成長。言い訳をしたり、ウソをつくようになったことのも成長。相手によって態度を使い分けるようになったのも成長。ある物事に対しての苦手意識が増して感じられるのも成長。etc…。保護者様はきっと「ええっ、そんな成長欲しくない」と思われるかと思いますが、そうした姿も心の育ちとともに生まれるものだからです。忘れてしまったことの方が多いですが、私も、きっと皆様も、そうした過程を経て大人になったのだと思います。

 

プロセスとして見守るべきこともあります。大人として正さなければならないこともあります。そして「今すぐに手助けしてあげたい」ということがあります。幼児期においてのそれは特に「苦手意識」についてです。いつもより少し多く関わりを持って、いつもより少し丁寧に励まして、一緒に取り組んでいくだけで、お子様は大きく変わります。だって、お父さんとお母さんが応援してくれているのですから。冬休みにそうした時間を持っていただけたら嬉しく思います。

 

明日からの冬休み、ご家族の皆様が健やかで楽しくお過ごしになられますことを心よりお祈り申し上げます。本年中のご支援とご協力をありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

ライバル

「ねえ、お姉ちゃんの時はどうだった?」「お姉ちゃんはどうしてた?」「お姉ちゃんならどうするかな?」といった類の言葉を次女は時折口にします。たいていは何かの出来事で、自分で何かを決断しなくてはならない時にです。

 

聞かれた私は、長女の同じような出来事ややり取りを覚えていたり、忘れていたり様々ですが、たいていは「うーん、どうだったかなぁ。よく覚えてないけど、○○だったかなぁ」といったあやふやな返答をしながら、心の中でふたつのことを考えていました。ひとつは、次女には次女らしい選択をして欲しいという願いで、もうひとつは、やはり次女は、長女のこれまでや今の姿が気になる(影響を受けている)のだなあということです。

 

言葉以外にも思い当たる節は幾つもありました。例えば、長女が女子大付属の高校に通いながら、別の大学の一般入試を試みれば、次女も同じ道を選んだこと。大学生になった長女が接客の厳しいVIP焼肉店でアルバイトをすれば、次女は同様のしゃぶしゃぶ店を選んだこと。もっと遡れば、小学校に翌日着ていく服を寝る前に選んだ後に「お姉ちゃん、これ、どう思う?」と尋ねていたこと等。

 

うした気配に気づき始めた私は、その時々で「どうしたらいいかなぁ」と考えてきました。長女がエレクトーンを習えば、次女にピアノを勧めたのも、スケートのコーチを別の方にお願いしたのも、心の内に姉妹それぞれが相手に捕らわれずに自由であって欲しいと願っていたからかもしれません。同じ環境、同じ条件の中では、どうしても自分と相手との違いや能力といったものに目を向けてしまいがちになるものです。

 

もちろん、互いに刺激を受け合い、切磋琢磨することは意欲や向上の道筋としては大切なことだと考えています。けれど、2歳違いしかも同性の姉妹だから、家族だから、どこかに逃げ道や言い訳になるようなものも残してあげたかった。

 

姉妹どちらかの「何か」を親がほめている時にも「すごいねぇ」と心から喜びつつも見え隠れする表情が姉妹双方にありました。心の内で「私も!(ほめられるように頑張るぞ)」「私は?(なんでダメなのかなぁ)」と考えていたのかは分かりません。ただ、そうした折々で思ったのは、好きだからこそ、身近に居るからこそ、同じ親の子どもだからこそ、友だち以上のライバルなのかもしれないということです。

 

どもはいつでも大好きな人が喜んでくれることを願ってます。園の子どもたちの言葉や行動の中にもあふれるばかりに感じます。だからこそ届けてあげたい言葉があります。「あなたのありのままが好きだよ」

 

園長 浅見 美智子

園長だより | 15:40 | comments(0)
  

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サッカーパパは、埼玉県坂戸市の坂戸幼稚園の事務長さんです。こどもたちとサッカーをするのが大好きなので、皆から「サッカーパパ」とか「サッカー先生」とか「ひげ先生」と呼ばれています。
サッカーでは、JFA(日本サッカー協会)キッズリーダー養成インストラクターでC級コーチです。FA(イングランドサッカー協会)のレベル1ライセンスも取得しています。坂戸幼稚園のサッカークラブでいつも元気にコーチをしています。

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