園長だより H30年2月【園長だより】

 

遅くなってしまいましたが園長だより2月号を掲載いたします。

 

年頭に寄せて

とした空気と澄んだ青空、そして雪。まさに冬本番の中で羽根つきやこま回し等のお正月遊びと凧あげやおもちつきの冬の行事を楽しみながら過ごしてきました。3学期を迎えて早1ヶ月、大変遅い年頭のご挨拶になりましたが、本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 

子どもたちにも保育者にもとても短く感じられる学期ですが、信頼し合える仲間とゆったりとした雰囲気の中で生活し、自分の好きなことや興味のある事柄にじっくりと取り組んでいける学期です。友だちとの関わりを深め、刺激を受け合いながら進学や進級に向けての期待感とともにひとりひとりが新しい目標を持ち過ごしていけるよう応援してまいります。

 

戸幼稚園は今年創立70周年を迎えます。終戦4年後に開園した坂戸幼稚園には何物にも代えがたい宝物があります。それは創立者浅見友治の考案で残されていった昭和26年(第3期卒業生)からの「卒業記念画」です。

 

今年3月にご卒業される年長組の子どもたちを含む6,558名ものご卒業生が園に残してくれた貴重な絵画の展示を70周年を機に、3度目の絵画展として行いたいと思います。

 

先日絵画を預けている倉庫の引越しがあり、絵画の状態を確認するために、本当に久しぶりに実物の絵に触れました。日頃、写真やビデオ等の加工やデジタル化された物の中で生活しているためか、実物が醸し出すものに息を飲みました。

 

様々な時代に描かれた一枚の絵には、クレヨンや紙質の違い、描かれている内容や風景(例えばアポロ11号の月面着陸のあった年には多くの子どもたちがその様子を描いています)の違い、描く絵の線や色の塗り方も含めた「絵を描く」ことへの想いの違い等、様々なものが現れています。

 

それは単に「時代」という言葉だけで括ってはならない「同じ六歳の子ども」と「幼児教育者であること」を私自身に突きつけるものでもありました。時間をかけて残してくれた一枚一枚の絵と丁寧に向き合いながら、坂戸幼稚園の70周年の歴史と共に生活させていただいた方々と、子どもたちの未来について真摯に「考える」一年にしていこうと思いました。

 

来年度に行われる創立70周年記念絵画展をどうぞ皆様も楽しみにお待ち下さい。

 

昔のあそび

稚園の先生という仕事はありがたいもので、おそらくは他のどの職種よりも、一年や季節、季節の行事に触れながら生活をさせてもらえます。園庭で遊ぶ子どもたちの様子や光景を見ている時に、時折ふわりと思い浮かぶことも多いのですが、先日「卒業記念画」に触れたこともあり、私自身が入職した頃のことを考えていました。

 

三十数年の歳月の中で、意図せず消えていったものや失われてしまったもの、変わってきたものがあります。

 

例えば、当時よく歌われていた唱歌もそうですし、あそびの形もそうです。「この時期、あるいはこの学年の時にこんなことして遊んでたよね」と思い出し、最近あまり行われなくなった「あそび」が幾つかあることに気付きました。

 

「あぶくたった」「ムックリくまさん」「ガスボンベ」「ハンカチ落とし」「缶蹴り」などです。どれも大きくは鬼ごっこに括られる集団遊びです。そういえば…と以前読んだ本の中に書いてあったなと大慌てで探したところ、やはり興味深いことが書いてありました。以下、文章を抜粋したいと思います。

 

「気の毒な話ですが、今の子どもたちは、生まれてから育っていく過程でどんどん感受性が鈍感になるような環境に置かれています」

 

「人間としてバランスのよい身体感受性を育てるためには、いろいろな方法があります。子どもの遊びはその一つです。たとえば『ハンカチ落とし』という遊びがあります。(中略)それでも勘のよい子は、ハンカチが地面に落ちる前に、自分の後ろに「鬼」がハンカチを落としたことを察知します。いったいこの子は何を感知したのでしょう。それは「鬼」の心に浮かんだ「邪念」です。(中略)勘のよい子どもは、自分の後ろで

ハンカチを落とした瞬間の「鬼」の緊張がもたらすこの微弱な身体信号を敏感に感知することができます」

 

「『かくれんぼ』というのは、おそらく起源的には狩猟のための感覚訓練であったとぼくは思います。見えないところに、見つからないように隠れているものが発信する微弱な恐怖と期待の身体信号、(中略)『鬼ごっこ』にせよ『缶蹴り』にせよ、その種の遊びで子どもに要求されるのは、単に足が速いとか、高い所に上がれるというような単純な身体運用能力ではなく、それよりむしろ、「気配を察知する」総合的な身体感受性で

あっただろうと思います。しかし、そういう種類の身体信号を受信する能力を開発する身体感受性の訓練技法は、今の社会では組織的に失われてしまいました」

 

「(前略)トップアスリートは、単に反射神経がいいとか、筋肉や骨格の性能がよいだけではなく、『スキャンする』能力が高い。中村俊輔や中田英寿は、ほとんど『背中に目がある』ような身体感覚を持っていますし、イチローは相手のピッチャーの微妙な体の使い方から、ボールがどこでリリースされるか、どういう回転をして、どのゾーンに来るかを瞬間的に判断して、そこに向かってバットコントロールしていますし、(中

略)すぐれたアスリートは『起きた出来事』に反応しているのではなく、『起きる気配』にすでに反応して、コンマ何秒の間にそういう微調整ができるように身体を訓練しているのです」

 

みながら「ふうん」と幾つも思い当たる節があることを意識します。昔のあそびの中には「教育効果」といったものでは語れない、人の育ちにおいて大切なものが隠されているのだなと感じます。子どものあそびがいかに大切か、あそびを守り育てることがいかに大切かを考えています。

 

園長 浅見 美智子

 

園長だより | 09:53 | comments(0)

園長だより H30年1月

素敵な2学期をありがとうございました

月からの4ヶ月間、季節も夏の名残りある頃から秋、そして冬へと移り変わり、本日2学期が終了します。季節の変化に乗るようにして、沢山の行事も行われてきました。子どもたちは次の行事を指折り数えて楽しみにしながら、私たち保育者はひとつひとつの行事に向けての日々に子どもたちへの育ちの願いを織り込みながら過ごしてきました。

 

一昨日行われたクリスマス会でも「えっ、こんな表現をするようになったのね」「わっ、こんなことも出来るようになったのね」と、沢山の嬉しい驚きがありました。一年に一度、毎年繰り返される行事だからこそ、以前との違いがクローズアップされます。「あっ、えっ、わっ」と思うことのひとつひとつが、その子の成長の証なのでしょう。

 

特に年長組が保護者様にご覧いただくために学年で取り組んできた「クリスマスストーリー」では「発表をする」という場面だけを切り取っても、成長の形を見る思いがしました。多くの子どもたちが「自分の役割を意識」し、「自信を持って表現」していましたね。まるで先生が絵本を読むときのような情緒あふれる声音を聞いた時には胸がドキドキしてしまいました。同時に小学校へと歩む足音を聞いたようで、ちょっぴり寂しくなってしまいました。勝手ですね。

 

学期の行事の折々で、また日々の生活の中で感じる子どもの「成長」には様々な側面がありました。「成長」という言葉からは厚い上着を一枚ずつ脱いで、軽やかに心を解放させていくイメージがありますが、実はそれだけではありません。

 

例えば・・・友だちとケンカするようになったことも成長。言い訳をしたり、ウソをつくようになったことのも成長。相手によって態度を使い分けるようになったのも成長。ある物事に対しての苦手意識が増して感じられるのも成長。etc…。保護者様はきっと「ええっ、そんな成長欲しくない」と思われるかと思いますが、そうした姿も心の育ちとともに生まれるものだからです。忘れてしまったことの方が多いですが、私も、きっと皆様も、そうした過程を経て大人になったのだと思います。

 

プロセスとして見守るべきこともあります。大人として正さなければならないこともあります。そして「今すぐに手助けしてあげたい」ということがあります。幼児期においてのそれは特に「苦手意識」についてです。いつもより少し多く関わりを持って、いつもより少し丁寧に励まして、一緒に取り組んでいくだけで、お子様は大きく変わります。だって、お父さんとお母さんが応援してくれているのですから。冬休みにそうした時間を持っていただけたら嬉しく思います。

 

明日からの冬休み、ご家族の皆様が健やかで楽しくお過ごしになられますことを心よりお祈り申し上げます。本年中のご支援とご協力をありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

ライバル

「ねえ、お姉ちゃんの時はどうだった?」「お姉ちゃんはどうしてた?」「お姉ちゃんならどうするかな?」といった類の言葉を次女は時折口にします。たいていは何かの出来事で、自分で何かを決断しなくてはならない時にです。

 

聞かれた私は、長女の同じような出来事ややり取りを覚えていたり、忘れていたり様々ですが、たいていは「うーん、どうだったかなぁ。よく覚えてないけど、○○だったかなぁ」といったあやふやな返答をしながら、心の中でふたつのことを考えていました。ひとつは、次女には次女らしい選択をして欲しいという願いで、もうひとつは、やはり次女は、長女のこれまでや今の姿が気になる(影響を受けている)のだなあということです。

 

言葉以外にも思い当たる節は幾つもありました。例えば、長女が女子大付属の高校に通いながら、別の大学の一般入試を試みれば、次女も同じ道を選んだこと。大学生になった長女が接客の厳しいVIP焼肉店でアルバイトをすれば、次女は同様のしゃぶしゃぶ店を選んだこと。もっと遡れば、小学校に翌日着ていく服を寝る前に選んだ後に「お姉ちゃん、これ、どう思う?」と尋ねていたこと等。

 

うした気配に気づき始めた私は、その時々で「どうしたらいいかなぁ」と考えてきました。長女がエレクトーンを習えば、次女にピアノを勧めたのも、スケートのコーチを別の方にお願いしたのも、心の内に姉妹それぞれが相手に捕らわれずに自由であって欲しいと願っていたからかもしれません。同じ環境、同じ条件の中では、どうしても自分と相手との違いや能力といったものに目を向けてしまいがちになるものです。

 

もちろん、互いに刺激を受け合い、切磋琢磨することは意欲や向上の道筋としては大切なことだと考えています。けれど、2歳違いしかも同性の姉妹だから、家族だから、どこかに逃げ道や言い訳になるようなものも残してあげたかった。

 

姉妹どちらかの「何か」を親がほめている時にも「すごいねぇ」と心から喜びつつも見え隠れする表情が姉妹双方にありました。心の内で「私も!(ほめられるように頑張るぞ)」「私は?(なんでダメなのかなぁ)」と考えていたのかは分かりません。ただ、そうした折々で思ったのは、好きだからこそ、身近に居るからこそ、同じ親の子どもだからこそ、友だち以上のライバルなのかもしれないということです。

 

どもはいつでも大好きな人が喜んでくれることを願ってます。園の子どもたちの言葉や行動の中にもあふれるばかりに感じます。だからこそ届けてあげたい言葉があります。「あなたのありのままが好きだよ」

 

園長 浅見 美智子

園長だより | 15:40 | comments(0)

園長だより H29年12月

秋の実り

やオレンジ、黄色に色づいた葉っぱたちが、園庭を秋色に染めています。つい一ヶ月前までは半袖姿で遊んでいた子どもたちもすっかり冬支度です。

 

これから寒さが増すにつれて増える流行性の疾患も心配ですね。園でも手洗い、うがいの励行や自分でも気付いて衣服を着脱する習慣が持てるよう働きかけてまいります。ご家庭でも是非お子様のご様子や疲れ具合などを気に掛けて下さいますようお願いいたします。

 

て、雨天延期で翻弄された運動会後の秋の行事はお天気にも恵まれて、着々と進行中です。園単位で行う大きな行事もそうですが、芋掘り遠足や園外保育を子どもたちと同じくらい私たち保育者も楽しみにしています。

 

その理由は、出来事や体験そのものの楽しさだけでなく、日常の生活と異なる場での子どもたちの姿を見ることができるからです。

 

大人でもそうですが、慣れた日常の生活の場で、いわゆるルーティーンワーク、習慣化した活動を行う時と非日常の状況下とでは高揚感や緊張感、ちょっとした不安などが少しずつ違います。そうした中では、日頃見えずらい子どもたちの姿を感じることができます。

 

例えば、友だちや異年齢児とのかかわり方、園にはない施設、環境、遊具での遊び方や過ごし方、集団で行動する際の振る舞いや指示や助言の聞き方、取れ入れ方など、様々な場面で、一人一人の現在の姿を知る大きな手掛かりを得ます。その子の成長(入園や進級当初や昨年度の同じ行事での過ごし方の違い)を感じたり、内在する傾向に気付いたり、その子の今後の課題(伸びていくところ、伸ばしていきたいところ等)を見つけていきます。

 

日常の状況の中で、最も見えてくるのは、心(考え方)の柔軟さや対応力。日常の生活態度(生活習慣が定着しているか?ルールやマナーについての意識はどうか?保育者の話を落ち着いて聞き、行動できるか?)が定着しているか。更に、新しい場でどれだけ主体的に楽しめるかということです。

 

気付けば残暑厳しかった9月に始まった2学期も、残すところ1ヶ月足らずになりました。数々の行事を重ねてきた2学期は、子どもたちにとり非日常の体験をする貴重な場と時間を得た学期でもありましたね。残り1ヶ月の今学期、そして来学期に向けて、子どもたちの今の姿を手掛かりに、一人一人の成長を精一杯応援していきたいと思います。

 

え、えっ!電車の中での話

は通勤に電車を利用しませんので、「電車に乗る」状況はわりと限られてきます。そうした中で、8月終わりから今日までのわずか数ヶ月間に「え、えっ!」という場面に三度も出会ってしまいました。

 

もう10年位前からでしょうか、電車の中での乗客の振る舞いについて、様々なメディアや本がポロポロッと嘆く文章を載せるようになりました。例えば、電車の中で化粧をするなど。

 

私が「え、えっ!」と思ったのはさらに状況が上回っていたからです。ある切り取られた場面(状況)はある意味、現在の社会の姿の象徴とも考えられます。

 

つ目の出来事・・・私は浦和で行われる研修会に参加するために平日朝8時台の埼京線に乗りました。座席は空いており、私が座ったすぐ後に20代後半の女性が左側に座りました。発車ベルが鳴った直後、隣の女性はカバンから菓子パンを取り出し食べ始めました。食べ終えると次にコンビニのおにぎりの包装を取り、やはり食べ始めました。女性は背筋を伸ばし、前を向いたまま、何事もなかったのように食べ終えました。女性が「食べて」いる最中、特に顔を見るようなことをした訳ではありません。けれど私はものすごく不快でした。食べ物が出す臭いも、女性が咀しゃくする音もです。

 

つ目の出来事・・・休日、池袋行きの東上線に乗りました。座席は少しばかり空いており、次の若葉駅で高齢のご夫妻が乗車しました。私の正面の席が微妙な間隔で空いていました。先に座っていた30代と思しき女性が詰めれば余裕で二人は座れる間隔です。思い切った様子で奥様らしい方が「詰めていただけますか」と話し掛けました。女性は「フン」といった様子で少しだけ右に腰をずらしました。でもほんの少しだったので奥様しか座れませんでした。ひと駅が過ぎる頃、ご主人と顔を見合わせていた奥様がもう一度声を掛けました。女性は前回以上に不愉快さをむき出しにしつつ、再び右側に少しだけ腰をずらしました。その後、正面を睨みつけながら、座席には浅く足を組んで前に投げ出し座っていました。私はやはりとても不快な気持ちで、正面だっただけにじっと経緯を見つめていました。理由は、どうしてこの人はこんなにも自分の不機嫌さをむき出しにしてこの場にいるのだろう、ということです。

 

つ目の出来事・・・休日の夕方7時台の山手線に乗っていました。そこそこに混んでいて私はつり革につかまり立っていました。同じ駅で乗車したカップルが私の後ろで楽しげに話をしていました。イチャイチャと表現しても良いかもしれません。すぐ後ろでしたので会話はおのずと耳に入ってきます。「ちょっとぉ、じっとしててよぉ!抜けないじゃない」「えっ、でも揺れるからさあ」なんとカップルの女性は相手の男性の鼻毛を抜いていたのです。「え、えっ」の後、咄嗟に思ったのは「抜いた鼻毛、床に捨てちゃうんだろうなあ」と「そういうことは家でやってよ!」ということでした。当然、私はものすごく不快でした。

 

私はこうした出来事に出会った時、大抵は夕食を家族で食べている時に話します。理由は、自分はもちろんのことですが、娘たちにそうした振る舞いをして欲しくないから。そういう振る舞いを「ママは嫌いなんだよ」と知ってもらいたいからです。

 

nとOff、内(家)と外、人様の前で、等々、色々な言い方があると思います。少なくとも使い分けできる人であって欲しいなと思います。だから、私は私の価値観だと言われようとも、ずっと出来事を通じて娘たちに「刷り込み」をしてきました。それがひいては社会のモラルに通じると考えています。少々情けないなと思いますが、文化、伝統、国民性、常識といった類のことは、やはり家庭が、親が教えるべきことと考えているからです。

 

園長 浅見 美智子

園長だより | 19:20 | comments(0)

園長だより H29年11月

園長だより11月号を掲載するのを失念していました。申し訳ございません。

 

素敵な運動会をありがとうございました

日行われた第69回秋のさわやか運動会には、平日開催にもかかわらず、沢山のご家族の皆様にご参観賜り、あたたかい応援と拍手をいただきましたこと心より御礼申し上げます。

 

天候に恵まれず二度の延期となり、「まだかな、まだかな」と首を長くして待っていた分だけ、当日の嬉しさと楽しさが開会の前から会場に満ち満ちているように感じました。

 

子どもたち、いい笑顔でしたね。いい表情でしたね。どの競技、どのシーンを思い出しても胸が熱くなります。子どもたちが自分たちで創ってきた運動会に、保護者様の愛情と教職員の想いが加わって、子どもたちにとっての「特別」が生まれる、そう実感した運動会でした。

 

年少さんがあどけない表情で本当に楽しそうに踊る姿やニコニコしながら閉会式に臨む様子に、入園当初の少し不安そうなお顔が重なって見えて、胸がいっぱいになりました。

 

年中さんの徒競走でカーブを曲がる時の表情を見ながら、“この距離を夢中で走れるようになった”という姿の中に、どれほど大きな心の成長があったかを感じていました。あきらめないこと、繰り返し挑めること、人と競えること、次の目標に向かっていけること、子どもたちが力強く過ごしてきた一年を見る思いがします。

 

年長さん・・・様々な競技で見せてくれた表情や姿の全てに、彼らが小学校という新しいフィールドに向かって歩き出したのを感じました。自分の力と向き合い、楽しいだけではない様々な思いに出会い、考え、超える中で、自分や友だちを信じることや協力することの本当の意味を実感し学んでいきました。そうした日々を「お父さん、お母さん、見て!」と、子どもたちが満面の笑顔で伝えているように思いました。

 

動会が終わり、いつも通りのにぎやかな園庭で、ひとりひとりの子どもたちが運動会で手にした思いを、新たな「挑戦」という形にし始めています。来年の運動会はもうここからスタートしているのですね。

 

最後になりましたが、はじめての体育館開催でもあり、至らない点も多くあったと思います。沢山のご理解とご協力を賜り心から感謝申し上げます。また、長期間お子様の気持ちを励まし、健康へのご配慮をいただきありがとうございました。皆様からお寄せいただいた喜びのお声を、教職員一同大変嬉しく拝読させていただきました。ありがとうございました。

 

幼稚園教育要領が改訂されます-その3-

10年以上前から「小1プロブレム」や「幼児教育と小学校教育との段差」といった言葉で、幼稚園や保育園等から小学校に入学した子どもたちが、学校環境や学習方法の変化に適応しにくいといった課題が聞かれるようになりました。

 

各教育機関の「連携」が重要視され、小学校入学予定児童の情報の共有を主目的とした連絡会が行われてきましたが、実際に教師が互いの教育現場に赴く機会は少なく、具体的な教育の方法や進め方、また教育理念や方針についての深い理解までには至らないと感じ続けてきました。

 

私の所感になりますが、特に「幼児期の遊びの重要性」や「環境を通して行う教育である」ことへの理解が難しく、幼稚園と小学校は違うものと切り離して考えられたり、園によってはプレスクールのように小学校的スタイルの学習方法や早期英才教育に偏る様子も散見されました。

 

今回の幼稚園教育要領と小学校学習指導要領の改訂では「幼稚園と小学校では、子どもの生活や教育方法が異なる(第一章 総則第3)」とあるように、9月、10月号でお伝えしてきた「子どもたちが未来社会を切り拓くための資質、能力の一層確実な育成」のために、幼児が幼児期にふさわしい教育環境(方法)で生活する重要性が見直されたと感じます。真の連携、円滑な接続という意味でも素晴らしい第一歩です。

 

 小学校学習指導要領 第一章 総則 第4 学校段階間の接続

 

(1)幼児期の終わりまでに育って欲しい姿を踏まえた指導を工夫することにより、幼稚園教育要領に基づく幼児期の教育を通して育まれた資質・能力を踏まえて教育活動を実施し、児童が主体的に自己を発揮しながら学びに向かうことが可能となるようにすること。(中略)各教科等における学習に円滑に接続されるよう、生活科を中心に、合科的・関連的な指導や弾力的な時間割の設定など、指導の工夫や指導計画の作成を行うこと。

 

○小学校教育においては、生活科を中心としたスタートカリキュラムを学習指導要領に明確に位置付け、その中で合科的・関連的な指導や短時間での学習などを含む授業時間や指導の工夫、環境構成等の工夫も行いながら、幼児期に総合的に育まれた資質・能力や子供たちの成長を、各教科の特質に応じた学びに繋げていくことが求められる。

 

「スタートカリキュラムのイメージ」については詳細は省かしていただきますが、小学校低学年の生活科が中学年には「社会」「総合的学習の時間」「理科」に枝分かれしていきます。

 

さて、3回に分けて「幼稚園教育要領が改訂されます」をお伝えしてきました。第1回目は、10年ぶりに改訂されるその背景として、社会や産業構造がますます変化、成熟していく中でも未来の創り手となるために必要な資質・能力を確実に備える学校教育を実現するためということをお伝えしました。

 

第2回目では、今回の改訂の概要として、〕鎮娜犇軌蕕砲いて育みたい資質・能力の明確化⊂学校教育との円滑な接続8渋的な諸課題を踏まえた教育内容の見直しをお伝えし、保護者様にぜひ知っておいていただきたいこととして、幼児教育は❶「環境を通して行う教育」を基本とすること、そして❷「幼児期の終わりまでに育って欲しい姿」の明確化として10項目の内容を明示しました。

 

そして今回の第3回目では、幼稚園と小学校との円滑な接続として小学校学習指導要領にスタートカリキュラムの設定が明文化されたことをお伝えしました。これまでも幼稚園と小学校の連絡・連携はありましたが、園児の情報交換にとどまりがちで、双方においてその効果に物足りなさを抱きつつ進めてきました。それが小学校においてスタートカリキュラムを編成することにより、幼稚園もそのことを踏まえ、小学校においても幼児教育の理解を深めたうえで、子どもたちが進学、小学校生活をスムーズに始められるようになります。

 

今回の幼稚園教育要領の改訂は、これまで坂戸幼稚園が行ってきたその教育を更に自信づけるものとなっています。今後園内で教育課程をもう一度洗い直し、この幼稚園教育要領改訂に合わせたものを構築してまいります。

園長 浅見 美智子

園長だより | 09:50 | comments(0)

園長だより アーカイブ

もうじき坂戸幼稚園でも運動会です。その運動会を前にして、園長だよりのアーカイブを皆さんにお届けすることにいたしました。運動会では競技種目もあります。ですから、子どもたちの中では真剣な勝負の世界も存在します。けれども、幼稚園の運動会では、ただ勝った、負けただけではない、運動会を通して育てたいものが本当にあります。それを、園長先生の実の娘のエピソードからお伝えしたいと思います。平成22年1月、2月の園長だよりです。

 

ただ好きでいるということ

気付けば12年の歳月が過ぎていました。こうして数字に置き換えてみると、長く、そしてあっけなく感じられます。それはたぶん、あまりにも日常だったからなのだと思います。

 

私事で恐縮ですが、次女のフィギュアスケートの話です。思い返せば本当にたまたまの縁でした。長女が藤組(5歳)次女が3歳の冬でした。何気なく訪れたスケートリンクに、冬休みスケート教室の案内が掲示されていました。「行ってみる?」きっかけはそれだけのものでした。

 

3日間のレッスンを終え、親の勧めのまま長女はサンデー教室に通いだしました。その頃次女はあくまでオマケで、長女のレッスンの間、動かないゲーム機の側でちょこちょこと時間をつぶしていました。

 

長女がスケートを始めた同じ歳、梅組の時に次女もスケートを始めました。きっかけは「Nちゃんもやってみる?」それだけでした。

 

その後、長女と一緒に“教室”に通い、小学校3年生の時に本格的にコーチに付き、選手コースの練習を始めました。以降、週6日間、学校が終わればリンクにいました。彼女たちの日常が始まったのです。

 

1年程前、次女がポツリと私に言いました。「私、いつまでスケートやるのかな?Kコーチは私が止めたら悲しいかな?」と。私が「スケート止めたいと思っているの?」と尋ねると「そうじゃないよ。ただ何となく思うだけ。私、スケート止めたいって思ったこと一度もないんだよね。好きだから。でも、これだけしてていいのかな、って思うことはある」と答えました。

 

私は「それなら今決める必要はないと思うよ。その時その時の自分の気持ちに正直に進んでいけばいいんじゃないかな。Nちゃんのスケートは自分のためにやってね」と、戸惑いを胸の内に隠し、ようやくそう言葉にしました。

 

長女が椎間板ヘルニアを患い、思うように滑れず、リンクに立つことさえも苦しくなり、止める決心をしたのが高2の時でした。姉のその時とその後を見てきた次女にも思うところがあったでしょう。また過ぎゆく歳月の中で、幾人もの仲間がリンクから離れてもいきました。

 

練習を、努力を重ねてきても競技の世界は厳しいものです。良いこともあれば、そうでないこともあります。自分次第の時もあれば、自分だけではどうにもならない時もあります。そして自分の今と未来に向き合う時が来ます。時折、競技ではなく、演技だけの世界で滑れていればどれほど楽だったことかと思います。

 

ただ「好きだから」と言い、滑り続けてきた次女は、先週2度目のインターハイに出場してきました。そして今週末には国体に出場することになりました。「すごい、すごい」と頭では思いながらも、心はあまりにも日常の延長戦上にある自分が不思議でなりません。

 

心の中にあるのは、ただ「好きなことを大切にしてね」ということと「いつこの日常が突然終わるかもしれないからただ見ていたい」と思うことだけです。

 

ただ「好きでいること、いられること」の大切さと強さを思います。始まりも、継続も、挑戦も、迷いや悩みさえも全てがそこにつながっている。だから、ただ好きなものを、ただずっと好きでいられるように、私たち親は、「見ていてあげるね」と歩調を合わせて向こう岸を一緒に歩いてあげるだけでいいのでしょう。

 

ただ好きでいるということ 〜後記〜

次女の国体の応援に行ってきました。色々な意味で刺激的な大会でした。そして、様々なことを考えてきました。

 

今回は少し遠いところへの応援・・・ぐらいの呑気さで出かけていった私なのですが、リンクに近づくにつれ、これまでの大会とは異なる雰囲気に圧倒され、最寄り駅で偶然見かけた次女がSAITAMAと入ったグランドコートを羽織り、足早に監督と遠ざかっていく姿を見て、小さく「Nちゃん・・・」とつぶやきながら、ヘナヘナとその場に座り込んでしまいそうになりました。娘は随分と遠いところに来てしまった、と思いました。

 

競技が終わったその晩に娘と夕食を取りながらこんな会話をしました。

 

娘「私、大学生になったら自分で決めた好きなことしてみる」

私「うん?」

娘「私、今まで自分からやりたいって決めて始めたことなかったなって思ったの。スケートもお姉ちゃんがやってたからだし・・・」

私「そうかな?確かにきっかけはそうかもしれないけど、Nはずっと続けてきたよね。いつだって止める事もできたよ。続けるってことは、それをNが選んできた、自分で決めてきたってことなんじゃないのかな?」

娘「私ね、私がもっと何もかもいらないって思うほど本気で好きだったら、違ってたのかなって思った。西野友毬ちゃん(娘と同年齢で全日本でもトップスケーター)みたいになれたのかなって」

 

実は、出発の前日に出来あがったばかりの前号のびのびつうしんを「Nちゃんのこと書いたの。読む?」と手渡しました。読み終えた娘は、ひと言ため息交じりに「うーん」と言いました。その時の意味が分かりました。娘の好きは私が想像していたものとは温度差があったのだろうと。

 

今回の滑りは娘にとって本意なものではありませんでした。加えて、私には同世代のスケーターの中で自分がいる場所の現実を突きつけられたことに胸を痛めているようにも見えました。まるで行き先に霞(かすみ)のかかったような中を歩く自分のスケートがあることを知り、私には続けていくだけの気持ちがあるのかな?というように。

 

翌日、ふたり並んで成年男子と少年男子の競技を見ました。少年女子のピリピリとしたムードとは一転して、和やかで、一種お祭りムードの楽しい内容でした。国体のフィギュアスケートは二人一組が参加資格である上に、まだまだ競技人口の少ない世代、地域の男子スケートでは、県によっては一人が現役、一人は数年前に引退した社会人であったり、片腕骨折中の選手がもう一人のために出場していたり。

 

そのため得点も、小塚崇彦選手の全日本レベルの得点からローカル競技会のような得点まで、それは様々です。国体だから、国体なのにという考え方もあるでしょう。しかし、私にはそれぞれの選手のスケートの在り様が、その選手が辿(たど)ってきた日々が、とても勝手ながら、この上なく愛しく感じられました。

 

やっぱり色々な“好き”の形がある。猛烈なのも、ぼんやりしているのも。勝つために必要なのも、楽しむためのものも。もちろん、その時々で思いの強さも変わり続けるのでしょう。その全てが私にはとても尊いことに思えて、ただ好きでいることの重みを改めて知らされました。

 

そして心から願います。どんな“好き”な形も柔軟に受け入れる環境があって欲しいと。周囲の大人たちが結果だけを急いで、子どもたちを追い詰めたり、燃え尽きさせることのないように。ただ好きなことを存分に、安心して、大切にできるようにと。

 

大会から戻った翌日、風邪気味だった娘は、「休めば」という私の言葉に「具合が悪くなったら帰ってくるから」と答えて、いつものようにリンクに出掛けていきました。

 

国体で出会った色々な“好き”の在り様が、娘を支えてくれているのかもしれない・・・と思いました。

 

園長 浅見 美智子

 

園長だより | 13:09 | comments(0)
  

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サッカーパパは、埼玉県坂戸市の坂戸幼稚園の事務長さんです。こどもたちとサッカーをするのが大好きなので、皆から「サッカーパパ」とか「サッカー先生」とか「ひげ先生」と呼ばれています。
サッカーでは、JFA(日本サッカー協会)キッズリーダー養成インストラクターでC級コーチです。FA(イングランドサッカー協会)のレベル1ライセンスも取得しています。坂戸幼稚園のサッカークラブでいつも元気にコーチをしています。

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