<< 園長だより H29年10月 | メイン | 運動会の雨天予報による延期について【坂幼インフォメーション】 >>

園長だより アーカイブ

もうじき坂戸幼稚園でも運動会です。その運動会を前にして、園長だよりのアーカイブを皆さんにお届けすることにいたしました。運動会では競技種目もあります。ですから、子どもたちの中では真剣な勝負の世界も存在します。けれども、幼稚園の運動会では、ただ勝った、負けただけではない、運動会を通して育てたいものが本当にあります。それを、園長先生の実の娘のエピソードからお伝えしたいと思います。平成22年1月、2月の園長だよりです。

 

ただ好きでいるということ

気付けば12年の歳月が過ぎていました。こうして数字に置き換えてみると、長く、そしてあっけなく感じられます。それはたぶん、あまりにも日常だったからなのだと思います。

 

私事で恐縮ですが、次女のフィギュアスケートの話です。思い返せば本当にたまたまの縁でした。長女が藤組(5歳)次女が3歳の冬でした。何気なく訪れたスケートリンクに、冬休みスケート教室の案内が掲示されていました。「行ってみる?」きっかけはそれだけのものでした。

 

3日間のレッスンを終え、親の勧めのまま長女はサンデー教室に通いだしました。その頃次女はあくまでオマケで、長女のレッスンの間、動かないゲーム機の側でちょこちょこと時間をつぶしていました。

 

長女がスケートを始めた同じ歳、梅組の時に次女もスケートを始めました。きっかけは「Nちゃんもやってみる?」それだけでした。

 

その後、長女と一緒に“教室”に通い、小学校3年生の時に本格的にコーチに付き、選手コースの練習を始めました。以降、週6日間、学校が終わればリンクにいました。彼女たちの日常が始まったのです。

 

1年程前、次女がポツリと私に言いました。「私、いつまでスケートやるのかな?Kコーチは私が止めたら悲しいかな?」と。私が「スケート止めたいと思っているの?」と尋ねると「そうじゃないよ。ただ何となく思うだけ。私、スケート止めたいって思ったこと一度もないんだよね。好きだから。でも、これだけしてていいのかな、って思うことはある」と答えました。

 

私は「それなら今決める必要はないと思うよ。その時その時の自分の気持ちに正直に進んでいけばいいんじゃないかな。Nちゃんのスケートは自分のためにやってね」と、戸惑いを胸の内に隠し、ようやくそう言葉にしました。

 

長女が椎間板ヘルニアを患い、思うように滑れず、リンクに立つことさえも苦しくなり、止める決心をしたのが高2の時でした。姉のその時とその後を見てきた次女にも思うところがあったでしょう。また過ぎゆく歳月の中で、幾人もの仲間がリンクから離れてもいきました。

 

練習を、努力を重ねてきても競技の世界は厳しいものです。良いこともあれば、そうでないこともあります。自分次第の時もあれば、自分だけではどうにもならない時もあります。そして自分の今と未来に向き合う時が来ます。時折、競技ではなく、演技だけの世界で滑れていればどれほど楽だったことかと思います。

 

ただ「好きだから」と言い、滑り続けてきた次女は、先週2度目のインターハイに出場してきました。そして今週末には国体に出場することになりました。「すごい、すごい」と頭では思いながらも、心はあまりにも日常の延長戦上にある自分が不思議でなりません。

 

心の中にあるのは、ただ「好きなことを大切にしてね」ということと「いつこの日常が突然終わるかもしれないからただ見ていたい」と思うことだけです。

 

ただ「好きでいること、いられること」の大切さと強さを思います。始まりも、継続も、挑戦も、迷いや悩みさえも全てがそこにつながっている。だから、ただ好きなものを、ただずっと好きでいられるように、私たち親は、「見ていてあげるね」と歩調を合わせて向こう岸を一緒に歩いてあげるだけでいいのでしょう。

 

ただ好きでいるということ 〜後記〜

次女の国体の応援に行ってきました。色々な意味で刺激的な大会でした。そして、様々なことを考えてきました。

 

今回は少し遠いところへの応援・・・ぐらいの呑気さで出かけていった私なのですが、リンクに近づくにつれ、これまでの大会とは異なる雰囲気に圧倒され、最寄り駅で偶然見かけた次女がSAITAMAと入ったグランドコートを羽織り、足早に監督と遠ざかっていく姿を見て、小さく「Nちゃん・・・」とつぶやきながら、ヘナヘナとその場に座り込んでしまいそうになりました。娘は随分と遠いところに来てしまった、と思いました。

 

競技が終わったその晩に娘と夕食を取りながらこんな会話をしました。

 

娘「私、大学生になったら自分で決めた好きなことしてみる」

私「うん?」

娘「私、今まで自分からやりたいって決めて始めたことなかったなって思ったの。スケートもお姉ちゃんがやってたからだし・・・」

私「そうかな?確かにきっかけはそうかもしれないけど、Nはずっと続けてきたよね。いつだって止める事もできたよ。続けるってことは、それをNが選んできた、自分で決めてきたってことなんじゃないのかな?」

娘「私ね、私がもっと何もかもいらないって思うほど本気で好きだったら、違ってたのかなって思った。西野友毬ちゃん(娘と同年齢で全日本でもトップスケーター)みたいになれたのかなって」

 

実は、出発の前日に出来あがったばかりの前号のびのびつうしんを「Nちゃんのこと書いたの。読む?」と手渡しました。読み終えた娘は、ひと言ため息交じりに「うーん」と言いました。その時の意味が分かりました。娘の好きは私が想像していたものとは温度差があったのだろうと。

 

今回の滑りは娘にとって本意なものではありませんでした。加えて、私には同世代のスケーターの中で自分がいる場所の現実を突きつけられたことに胸を痛めているようにも見えました。まるで行き先に霞(かすみ)のかかったような中を歩く自分のスケートがあることを知り、私には続けていくだけの気持ちがあるのかな?というように。

 

翌日、ふたり並んで成年男子と少年男子の競技を見ました。少年女子のピリピリとしたムードとは一転して、和やかで、一種お祭りムードの楽しい内容でした。国体のフィギュアスケートは二人一組が参加資格である上に、まだまだ競技人口の少ない世代、地域の男子スケートでは、県によっては一人が現役、一人は数年前に引退した社会人であったり、片腕骨折中の選手がもう一人のために出場していたり。

 

そのため得点も、小塚崇彦選手の全日本レベルの得点からローカル競技会のような得点まで、それは様々です。国体だから、国体なのにという考え方もあるでしょう。しかし、私にはそれぞれの選手のスケートの在り様が、その選手が辿(たど)ってきた日々が、とても勝手ながら、この上なく愛しく感じられました。

 

やっぱり色々な“好き”の形がある。猛烈なのも、ぼんやりしているのも。勝つために必要なのも、楽しむためのものも。もちろん、その時々で思いの強さも変わり続けるのでしょう。その全てが私にはとても尊いことに思えて、ただ好きでいることの重みを改めて知らされました。

 

そして心から願います。どんな“好き”な形も柔軟に受け入れる環境があって欲しいと。周囲の大人たちが結果だけを急いで、子どもたちを追い詰めたり、燃え尽きさせることのないように。ただ好きなことを存分に、安心して、大切にできるようにと。

 

大会から戻った翌日、風邪気味だった娘は、「休めば」という私の言葉に「具合が悪くなったら帰ってくるから」と答えて、いつものようにリンクに出掛けていきました。

 

国体で出会った色々な“好き”の在り様が、娘を支えてくれているのかもしれない・・・と思いました。

 

園長 浅見 美智子

 

園長だより | 13:09 | comments(0)
コメント
コメントしてください





 ※入力されるとお名前にリンクされます。



  

ブログ内を検索

坂戸幼稚園公式サイト

坂戸幼稚園公式サイト

http://sakado-youchien.ed.jp

学校法人坂戸幼稚園
〒350-0225
埼玉県坂戸市日の出町12-4
TEL:049-281-0038

カテゴリー

カレンダー

<<  2017年10月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    

最近のエントリー

最近のコメント

サッカーパパについて

サッカーパパは、埼玉県坂戸市の坂戸幼稚園の事務長さんです。こどもたちとサッカーをするのが大好きなので、皆から「サッカーパパ」とか「サッカー先生」とか「ひげ先生」と呼ばれています。
サッカーでは、JFA(日本サッカー協会)キッズリーダー養成インストラクターでC級コーチです。FA(イングランドサッカー協会)のレベル1ライセンスも取得しています。坂戸幼稚園のサッカークラブでいつも元気にコーチをしています。

by だんごろう

だんごろう??

「だんごろう」は、坂戸幼稚園のみんなが大好きな「だんごむし」です。当園のマスコットキャラクターになっています。

バックナンバー